採寸が終わった時にふと思い立って、
小さい頃父に連れられて訪れたX氏の自宅を探してみた。
X氏は設計士だった父が生前お世話になった方で、
当時の僕には予想もつかないお金持ちということは知っていたが、
父でさえ『何の仕事をしているか分からない』という謎の人物だった。
数年前、母から〇〇藩の家老の家柄と聞いたのでネットで調べたことがあった。
そこには確かにその家柄と、某新聞社の社主との繋がりが書いてあった。
このX氏の繋がりで、父は(僕にとっての)もう一人の謎の人物Y氏の仕事もした。
Y氏はX氏の隣の藩の藩主の家柄で、某総理大臣の子孫にあたる。
そして、そんな繋がりから父は某巨大商社の仕事をするようになる。
父の死後3年たったある日、その商社は私の家の経済状況を気にして、
当時大学生だった僕に東京の単身赴任寮の住込みのバイトを紹介してくれた。
給与ももらえて部屋はタダ。専任のコックさんが作る夕食もタダだった。
課長級以上しか入れない場所で、副社長や専務も居らした。
運転手つきの黒塗りの車で寮に帰られると迎えに出て、
部屋まで鞄を持つのも僕の仕事だった。
非常に貴重な経験の出来た一年だった。
でも今から思えばとても不思議な出来事だと思う。
江戸時代の藩の繋がりが、
現代、しかも経済の中枢でなぜ脈々と続いているのだろう?
なぜあんな巨大商社が小さな設計士の息子のその後を気にしたのだろうか。
父が亡くなって3年も経つのに。
僕が東京近郊の大学に入り一人暮らしをしていて、
家計も楽じゃないという事を知っていたのはなぜ?
記憶を頼りに車を走らせるとそこに門はあった。
山の麓にシンプルな門とX氏の苗字がかかれたシンプルな表札。
門から延々と山へ向かって伸びる道は、
竹林に阻まれてその先を見ることはできない。
思い切ってチャイムを鳴らそうと思ったけど、
その類の物はどこにも無かった。